It embarrassed it
食事を終えてからどの位経っただろう。夜もすっかり更け込み、仲間の中にも既に眠りに就いている奴もいる程の時間。
マルコの部屋は船内でも奥に作られている為、用があってここまで来ない限り前を通る人影はない。
夏島近くとあって夜になっても肌に絡み付くジメジメ感は拭えない。そんな中でも、敢えて半袖の楽なシャツを羽織り、その部屋の前を行き来し出してからもだいぶ時間が経過している。
そんなエースの様子に床が軋む音からも早々からドアの向こう側の存在には気付いていたが、あえて自分からドアを開かないのがマルコである。
漸くかと、ドアが開くと同時に呼び声を待つより早く椅子ごと身体をドアへ向け迎え入れた。
1人で仕事用に与えられた部屋には勿論、客用の座布団など用意されているはずもなく、視線で自らのベッドへ座るよう指示を出す。
「で、どうしたってい?お前んとこの家族も心配してんだろい」
「いや、なんつーか…サッチにも話したんだけどさ、分かんねえんだよ。ココがジリジリしたりモヤモヤしたり痛くなったり…」
今も尚、擬音語で表すような模様をしている胸の中心部を痒くもないが軽く爪を立て、引っ掻くようにその元を差す。
それに対してマルコはふうんと小さく唸り、椅子から腰を上げてエースの方へ移動した。
「病気かな。病気なら医療班に相談しなきゃいけねえんだけどさ、別に身体がだるいとかじゃねえし、なんか体調が悪いっつー訳でもねえような気がすんだよな」
ギシッと音を立てて彼の右横へ腰掛けたマルコを横目に、エースは身体の少し後ろへ手を付き、背を反らして天を仰ぐ。
「病気じゃねえとは思うが」
そのままエースは右肩へ頭を乗せ、小さく「分かる?」と呟く。
「まあ、心当たりがない訳じゃねえけどねい」
「本当か!?なら教えてほ…」
「エース、今まで恋愛した事はあんのかい?」
悩み解消が見える希望の台詞に表情を輝かせマルコへ目を向けるも、エースの言葉に被せられるように続けられた言葉に笑顔のまま硬直した。
その見るからの動揺を落ち着かせるように彼と視線を合わせ黒髪に手を乗せ軽くぽんぽんと叩き、エースの方からは言葉が続かない事を察するとマルコの方から更に続ける。
「恋愛に発展してなくても、恋したとかでもいい」
マルコはその動揺から十分分かっていた。彼は今まで海賊である事に一心で、無意識の内に恋というものから目を逸らし経験をして来なかったのだと。
それを裏付けるように当の本人はそれからゆっくりとマルコから視線を外し指を組んで何度か唇が音を発せず揺らいだ後に漸く声が戻って来た。
「……弟とか」
まあなんとなく勘付いては居たが想像通りの返答に顎を乗せていた手からずり落ちる。
「それは家族愛だろい。オヤジに向けてるのと一緒だよい」
「知らねえよ、もうなんだよそれ!マルコ難しい事言い過ぎだろ!」
どうやら彼には愛の形の違いなど理解の範疇を超えたようで、不意に立ち上がり「もういいっ」と荒々しく足音を立てて部屋を出ていくように歩を進める。
そのまま帰してはまた明日からもこの調子は続いてしまうのだろう。その思案と共に、彼の名の刺青が入った腕を掴み留めた。
「例えば手が触れ合って心臓がドキドキしたり、痛くなったり、その人の事をただずっと片隅に考え続けちまう事だよい。そういうのを恋って言うんだ。そういう事今まで無かったか?」
「…無いっ!」
泣きそうだった。顔はドアへ向けていたから見られてはいないだろうけど。なにも悪くないのに、なにも悲しくないのに。
ただマルコとこういう話をしているだけで泣きそうになった。
マルコから手を振り解き再び視線を合わせる事はないまま、部屋から出て行ってしまった。
「くそ…」
どうしてだろう。
どうして気持ちに裏腹な言葉が出てしまうのだろう。
どうしてだろう。
心臓が痛い。痛い程脈を打っている。鼻の奥が痛い。掴まれた腕が痛い。今までこんな事無かったのに。
恋の証拠を教えてもらったのに、"いま"という言葉が唇から音にならなかった。
足音が彼の自室の方へ向かったのを耳で確認するとベッドへ身を倒し、薄い溜め息を吐く。
「まいったよい…」
極力分かり易く遠回しにお前は恋をしているんだと伝えたつもりだったが、彼に伝わっただろうか。
答えを聞かせる前に逃げられてしまったのは、相談に乗った方としても失格である事は自身で十分に分かっていた。
目を通さなければいけない書類も多数残っていたが、もう仕事という気分にもなれず再び深い溜め息を吐いて、そのまま目を閉じた。
-*TO BE CONTINUE*-